2016年7月21日

第37巻 「世界の人形」

第37巻 「世界の人形」
世界友の会著 1963年刊行

世界友の会 は、1948年に2人の篤志家によって設立され「国連ユニセフに日本人形を神前使節として贈って以来、国連加盟の各国と植物の種子、人形、写真、衣装、民芸品、児童画等を交換。親善と友好、文化交流をはかる」団体です。



「どうしてここに集められたか」という言葉で始まる後文では、平和のための使いとして、海を渡りはるばる旅してきた人形たちの生い立ちや、それぞれの国の人形について、人形の構造や衣装の詳細を細かく説明しています。



ふっくらとした頰と、大きな瞳を持つ人形たちの愛らしい姿に、各国の人々が争いを忘れ、心穏やかになれるように、思いを託して贈ったのがよくわかります。



ノルウェーのスキー人形はニットやスキー用具のリアリティが素晴らしく、売っていたら買いたいと思うくらいです。





2016年2月20日

第441巻 「動くおもちゃ作り」

第441巻 「動くおもちゃ作り」
実野恒久著 1978年刊行

「この本はアイデアブックではなく、また単なるおもちゃ作りの紹介でもありません。いつも身のまわりにある材料にちょっと手を加えて遊ぶことができる楽しさを見なおしてほしいためのものです」


ピストルに風車がついたおもちゃはセシルチョコレートの箱で作れます。頭につけるプロペラ風車も風に向かうとクルクルと回って子どもたちは大喜びでしょう。


ゴムの伸縮の勢いで走る車。そういえば父が作ってくれた記憶があります。この時代こういったおもちゃ作りがもっと普及していれば、ブリキの車で怪我をする子が少なくなったことでしょう。



腕が上がってくると発射台など、凝った仕掛けも作れるようになります。と言ってもアイスクリームのカップとビーズ玉で作る簡素なおもちゃであることには変わりありません。





2016年2月6日

第440巻 「珍本古書」

第440巻 「珍本古書」
高橋啓介著 1978年刊行

書物を美術工芸品として鑑賞するという視点に立つ著者が鑑賞の心得と、美しい装丁や珍しい装丁の古今の書籍を紹介する、ジャンルとしても希少なタイトルです。
一服の茶を喫するがために、亭主の美意識を最大限に発揮し、美しい道具や室礼に心を尽くす茶の発想と同じ日本の美意識でしょうか。



昭和10年代、柳宗悦の民芸運動の影響でしょうか、染色工芸家芹沢銈介の型染を用いた装丁は沖縄の紅型の技法を用いて、南欧文学の「どんきほおて」や旅の紀行文など、内容も一様ではなく、おしゃれで、モダンでもあり、美しい本の世界を構築しています。



「アルプ」を中心とする山の文学の世界は、その主要な著者である尾崎喜八、串田孫一、三宅修3氏の著作など、シンプルで上品、格調高いハイセンスな装丁で、高山の澄み切った空気とエーデルワイスの花のような独自の崇高な文化を築き上げたと言っても過言ではありません。



川端康成と三島由紀夫は師弟関係にありましたが、その生き方や作風は全く異なるものでした。作品の装丁も、川端康成の純日本的で情緒的であるのに対して、三島由紀夫の作品の場合はそのライフスタイルを表すようなエキセントリックなデザインと趣向です。



活字のない時代は、書籍というものは全て写本でした。長い時代にわたって書写が繰り返されて行くうちに、内容が変わってしまうこともあり、現在でもまた伝来が不明となっている古典籍が多くあるということです。






2016年2月5日

第435巻 「くだもの」

第435巻 「くだもの」
吉岡金市著 1978年刊行

くだもの栽培の家に育った著者は、この本を書いた75歳まで「様々なくだものを食べ、栽培し、改良してきた」そうですが、究極の答えは「旬のくだものが一番おいしい」ということだそうです。
書中の写真には、昭和のくだもの屋さんの風景や、籠盛りのくだものが写っていて,
幼い頃、果物にまだ夢と楽しさがあった時代を思い出します。


子供の頃、くだもの屋さんの店先には色とりどりのくだものが並び、一個一個セロファンの包み紙に包まれた夏みかん、リボンをかけた高級なメロンやパイナップル、お見舞いの定番の籠盛り、お正月には木箱に入ったみかんや干し柿など、甘い香りと共に、いつまでも飽きずに見惚れていたのものです。



絣のモンペを履いた女性が、このような贅沢なマスカットを作っている姿に驚きを覚えますが、この時代、農家の方々も、新しいくだものの栽培に次の時代への道を求めて努力されていたことが伺えます。


くだものの写真の撮り方も昭和的です。マンゴーやキーウィーはこの少し後の時代には大流行し、一般に普及して行きます。





2015年9月18日

第438巻「模型飛行機」

第438巻「模型飛行機」
摺本 好著 1978年刊行

小さな飛行機を飛ばすと、空を飛ぶ夢を少しだけかなえたような気持になれるのでしょうか、書中の写真には少年から立派な大人まで模型飛行機を愛する人たちが、興ずる姿が微笑ましくもなごやかに写っています。夢のある、よき趣味としての楽しみ方が丁寧に解説されています。




ジャンパーにサングラスの男性たちが、模型飛行機の操縦に夢中になる姿は、なんとも微笑ましい限りです。
 


子供たちも元気よく模型飛行機を飛ばします。「競技会ではチームワークがものをいう」
ハンドルにかかる重力の速度が戦闘機と同レベルであれば一人の力ではたしかに無理です。
 


写真が1970年代よりかなり前の時代のものと思われますが、クラブを組織して情報交換など行いながら、イベントなども開催していた様子がうかがわれます。
 





2015年9月2日

第82巻 「新しい東京」

第82巻 「新しい東京」
永井保著 1965年刊行

昭和40年オリンピック後の開発された東京の姿を紹介しています。その風景からは、あまりにも前向きでそれを「破壊」とは気づいていない時代の風潮が感じられます。
「新しい」というタイトルの通りオリンピック後の開発された東京の姿を追ってはいますが、私の生まれた目黒もそうですが、昭和40年当時はまだまだ戦前までの面影を残した風景も多く、江戸だけではなく、懐かしい東京ががこの本の面白さではないでしょうか。




大正4年東京下町生まれの著者は関東大震災前の東京も知っている世代ですが、東京オリンピックのための開発で変貌した東京の姿に戸惑いを表しています。
「いま東京見物に上京する若い人から、印象に残る東京の名所を聞くと、おおかたの人は東京タワー、銀座、羽田空港の名をあげるそうだ。東京を故郷としている者には、いささか不満な点もあるが、外側から眺めると、これが新しい東京なのかもしれない」


この代々木の国立競技場が建設された当時東京は現在のような閉塞的な状況ではなかったように思います。広い土地もまだあちこちに残っており、山手地区では、夏でも夜はクーラーがなくても眠れ、二階建ての家の窓から富士山が見える環境でした。


銀座のネオンサインは日本の企業の名前ばかりです。晴海通りを進むと東銀座に出ますが、昔は木挽町という町名だったのが東銀座に変更されてしまったことを著者は嘆いていますが、情趣に富んだ町名が、味気ない名前に変更されたのもこの時代からです。


江戸文化の象徴でもあった日本橋は、高速道路の下に入りなんとも見苦しい光景となってしまいました。
「これ以上、東京の顔を汚し鼻をもぎ取るようなことはしないでもらいたい。ここに日本の中心を示す里程標があることをお忘れなく」



後半は台東区、墨田区 江東区などの下町地区が紹介されています。ここに最後の江戸文化の名残を感じることができます。戦災の壊滅的打撃から再現された浅草寺や六区の寄席の看板、見るからに下町風の服装をした格好の良い人が写った写真に、度重なる困難から立ち上がり街を守ってきた庶民の強さにこそ希望があると教えられます。










2015年9月1日

第437巻 「土鈴」


第437巻 「土鈴」
山本鉱太郎著 1978年刊行

「郷土玩具の旅」「東京山手ぶらり散歩」の著者で「日本郷土玩具の会」会員の山本鉱太郎先生が、お遍路の鈴の音から着想を得て、このふるさとの鈴を探求する旅へと誘います。


「とある城下町に行って民芸店の店先や社務所でふと可愛らしい土鈴を見つける。そんな時にポケットからこの小冊子をおもむろに取り出していただけば、きっと何かのお役にたつと思う」
前書きで著者が述べているように、寺社でお参りを終えたあと、お守りやお札ともに並んでいる美しい土鈴に宗教心はどこはへやら、思わず目を奪われて、求めてしまうことは度々あります(笑)



カラフルで可愛らしい張子の土鈴はおもわず欲しくなってしまうような親しみやすいものばかりです。竹弓の弦に付けられた風変わりな鈴は福島市の信夫山にある羽黒神社で売られている「マサル鈴」です。。



さすがに奈良の土鈴は正倉院の格調ある模様を配したものや、伎楽面や上代の歴史に題材を求めたものなど、古代の憧れが形になっています。「土鈴は古都奈良にまことにふさわしいおみやげである。東大寺や春日大社、手向け山八幡、般若寺にはそれぞれ古くからの授与鈴があるし町の民芸店を除けば色彩華やかな観光みやげ土鈴をいっぱい売っています」


神話の国の土鈴は「はにわ土鈴」です。ニヒルな表情のはにわの後ろは女性のはにわをかたどった、「はにわ公園」のお土産の「夫婦鈴」です。日田地方は民芸や伝統芸のモチーフですが、小さな「わらじ鈴」が気になります。